2002年 日本穀物科学研究会

第112回例会

11月8日(金) 14時より大阪府立大学 学術交流会館にて第112回例会が開催されました。 今回は「そばの生産から粉砕加工まで」をテーマにして開催いたしました。 麺類特にそばに関するテーマは久しぶりでしたが、遠方からも多くのかたにご参加いただきました。 
テーマ  そばの生産から粉砕、加工まで
講演  ソバ、その資源植物的考察
  足立泰二氏 大阪府立大学大学院農学生命科学科教授 (資源植物学研究室)
 ソバの資源植物学的背景:ソバ(Fagopyrum属)はタデ科(Polygonaceae)に属する一・二年生草本植物であって、食用に供されているのは3種と言って良い。普通ソバ (F. esculentum、普通種、単にソバとも呼称)、ダッタンソバ(F. tataricum、ダッタン種、あるいは苦ソバ)および宿根ソバ(F. cymosum、シャクチリソバ)である。なかでも、宿根ソバは脱粒性の高い種子のため、利用部分はもっぱら葉序である。ソバ属は近縁野生種を入れ、15、6種からなるとするのが妥当とされるに至った。起源と分布、系統分化についても徐々に明らかになりつつある。
 ソバ属の繁殖様式は多様であって種子繁殖と栄養繁殖、自家和合性(自殖性)種と自家不和合性(他殖性)種が併存し、自家不和合性種はヘテロスタイリー(異型蕊現象または異型花柱性)を示す。
 世界・日本におけるソバの栽培:世界各地で古くから栽培されているが、多花・逐日花で低着粒、環境適応性が低く、結果的に低収量で作柄不安定。低緯度地域では標高のたかいところで、高緯度地域では長日長条件下で栽培されている。世界最大の栽培地はロシア、次いで中国であろう。正式な統計データがないので推量でしかない。日本は明治以降の統計ではずっと漸減傾向を示していたが、ここ10年来やや栽培面積も増加に転じてきた。それでも国内需要の20%に満たない。品質面から高い評価を受ける国内産農産物としては希有の存在である。
 食資源としてのソバの研究課題と戦略:これほどまでに期待をもたれている作物であるにもかかわらず、ソバの作物としての地位は向上していない。その主要な原因は、生殖上の問題にあると言える。つまり、作物としての能力はあるものの、結果的に見れば収量が低く、生産性が低いため遺伝的改善、品種改良が進んでいないのである。ここでは我々が目指している「生殖障害の克服」に焦点を当て、これまでの成果を2,3 紹介したい。とくに、今後展開が期待される成分育種、品質育種に考察を加えたい。
足立泰二氏
 蕎麦製粉技術と今後の課題 
   三宅一嘉氏 三宅製粉株式会社 代表取締役社長
 製粉技術の歴史的変遷:製粉の歴史は少しでもおいしく食べたいという強い願望から生まれました。原始時代、人類はすでに、穀物を平らな石の上にのせ、石でたたいたり、つぶしたり、すって粉にしたりしていた事は、古代遺跡の出土器からも判明しています。やがて、石の臼を手で回転させて製粉方法が考え出され、時代と共に工夫が加えられて、約4000年もの間石臼による製粉方法が行われてきました。時代につれて製粉の規模も大きくなり、ローマ時代には、製粉を職業とする者が現れ奴隷や家畜が動力として使われました。その後、ギリシャ人によって発明された水平式の水車に続いて、ローマでは水車製粉が出現し、イギリス、オランダでは風車製粉が発達しました。17世紀の初め頃迄は、穀物を一回で粉にしてしまう製粉方式が行われていましたが、フランスで段階式製粉方式が始められました。1748年、イギリスで、蒸気機関を利用した大規模な製粉工場が作られ、製粉の動力源に一大変化をもたらしました。石臼製粉は、その後も引き続き各地で行われましたが、19世紀に入ると、現在製粉工場で使われているようなローラーミルが開発され、これによって、製粉工場は、大きく変わることになりました。
蕎麦製粉と小麦製粉の比較:蕎麦製粉と小麦製粉の根本的な違いは、流通している原料の違いにあります。小麦はモミ(果皮)がはずされた状態で、製粉工場に搬入されますが、蕎麦(玄蕎麦)はそば殻(果皮)が付いた状態で搬入されます。ですからそば殻をはずす脱皮工程とよばれる精穀技術が必要です。玄蕎麦は穀粒が不揃いで、そば殻は厚くて硬く、蕎麦の実は柔らかいので、丸抜き(そば殻を取り除いた蕎麦の実)を作るには高度な技術が必要です。蕎麦の構造を観察し、精選工程、脱皮工程、製粉工程等を考察し。石臼製粉とロール製粉の比較検討も行いたく存じます。
 今後の課題:玄蕎麦には雑菌が多く、注意深く製粉をしても、そば粉には小麦粉の、一万倍位の細菌数があります。菌数を減らすために、原料或いは製品(そば粉)を熱殺菌しているのが現状ですが、熱損傷をなくす為に常温で殺菌叉は制菌する技術を早急に開発する必要があります。蕎麦の利用については、その大部分が麺用ですが、消費拡大の為に用途の多様化を模索する必要があります。これらの課題解決の為に各種の角度から考察致したく存じます。
 
三宅一嘉氏 
 そばの加工と栄養
   草野毅徳氏 神戸学院大学栄養学部教授 食品化学研究室 
 そばは、周知のように大別して3種ある。
(1)普通そば (2)ダッタンそば (3)宿根そばであるが、宿根そばは食用化されていない。ダッタンそばは「苦そば」として日本では従来敬遠されていたが、最近ルチン含量の高いことから注目されるようになってきた。日本で「そば」といえば「普通そば」のことを指すほどに「普通そば」が一般的である。
  そば(蕎麦、Buckwheat)が穀類(雑穀)扱いされているのは、麦類と同じように粉化されて利用される場合が多いからであろうが、米のように粒食される場合もある。製粉方式は、小麦粉の場合とちがって、種実の内部が先ず粉として出てくる。これを一番粉といい、逐次に種実の外側(外層)に向かって粉化され、二番粉、三番粉と称する。そしてそれらの粉毎に成分組成が大きく異なる。すなわち栄養価が違ってくるのである。
 そば粉を利用した加工品としては「そば切り」、いわゆる麺としての「おそば」が圧倒的に多い。他は、クッキーや饅頭やケーキなどお菓子類として利用されるにすぎない。この
「そば切り」を作る場合には、とくに細長い麺にするために、つなぎとして小麦粉が使われるのが普通である。他にもいろいろあるが、詳細は講演の時に触れたい。また、上記の一番粉〜三番粉をどのように使い分けるか、店や地方によって異なる。したがって、どの層の粉がどれだけ用いられているかによって、その「そば切り」の栄養価がちがってくることになる。必ずしも「そば」中に含まれている一般的な成分組成がどの「おそば」にも同じように含まれているのではないことは自明のところである。
 そばは「か弱い」という形容詞が付されるほどに、変質し易い。種々の酵素が含まれているので、水分があれば反応が進み、成分変化が起こり易くなるのである。「そばの三たて」といわれる所以である。
 そばを栄養価の面から論じるならば、「そばがき」が最も栄養学的にすばらしい食べ方と言えよう。
 ダッタンそばについては、最近の海外の情報に基づきより詳しくご紹介したい。

(1) 普通そば(Fagopyrum esculentum)
1.1 粒食
黒い表皮をむいたものを「そばごめ」「むきそば」と称し、すましなどの汁物や米飯の際に混ぜ飯の材料として供する。また、焙煎して「そば茶」としての利用もある。
1.2 粉食
   そば種子は、製粉の際、まず表皮が除かれ、次いで内部の胚乳部が粉化してくる。
さらに粉砕を続けるとその次の外層部が、さらに粉砕して最外層部の粉を得る。粉化する順に「一番粉」「二番粉」「三番粉」と称する。「一番粉」より内部の部分を特別に粉化して「更級粉」として取り出す場合もある。
一般に、そば中の成分は、糖質・たんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラル・繊維類等から成っており、それらがまんべんなく含まれていて、種子全体としては栄養学的に優れた食品であるといえる。ところが、これを製粉すると、一番粉から三番粉にかけて成分に大きな違いがみられる。穀物一般に見られる場合に酷似して、内層部の一番粉(および更科粉)はでんぷんが主成分であり、二番粉・三番粉と外層部ほどたんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラル成分が多くなりその分でんぷんは少ない。たんぱく質を構成するアミノ酸、特に必須アミノ酸の組成がきわめて優秀であることは周知のところである。脂質の栄養価の一つにあげられる必須脂肪酸(リノール酸・リノレン酸・アラキドン酸)組成も穀物一般に比べて優秀である。ビタミン類ではB1およびB2が米・小麦の約2倍量含まれている。ミネラルでは穀物一般に存在するミネラル類の他に亜鉛含量の高いことが注目されている。そばには、多種類の酵素も含まれており、主として外層部に多い。わずかの水分の存在下で活性化し、それが変質の原因となり「か弱いそば」と言われる所以である。
  したがって、発芽・発根も早い。生育(蒔種から収穫まで)期間は3か月であるし、成木上に結実している状態で発根する現象もよく見られる。
  そば粉の加工としては水を加えて捏ねてドウを作り、その後種々の形で食用化される場合と、お菓子(クッキー・ビスケット・せんべい)やクレープ状のものがある。ドウからは主として麺が作られるが、パンの副原料にしたりドウ〔団子〕を汁物に入れて食する形態も常用されている。麺は一般に「そば麺」「そばきり」と称されるが普通、「そば」といえばこのそば麺のことを意味する。そばのたんぱく質は「グルテン」的な機能を持っていないので、細長い麺にするために「つなぎ」として小麦粉ややまのいも・鶏卵などが用いられる場合が多い。が、そば粉だけからそば麺を作るやり方も昨今増えてきた。少量のそば粉にあらかじめ熱湯を注いで捏ねて粘り気を出し、それをつなぎとして残りのそば粉を加えて打つというやり方が一般的である。尤も、何も細長い麺が「そば」とは限らない、という心意気で、太く短い麺を茹でる操作を省いて直接汁の中に入れて加熱して食べる方法も珍しくない。中国をはじめヒマラヤ山麓のそば生産地ではこのような素朴な食法が一般的である。
  ところで、昨今の食の柔白化現象により、白いもの・柔らかいものを食べる傾向にあり、「そば」の世界でもこの傾向はまぬがれない。歴史的にはすでに江戸時代に江戸で食された「そば」は「白い」が大原則であった。曰く「更級そば」である。これは、文字とおりでんぷんがほとんどの内層粉である「更級粉」が用いられている。これは、たんぱく質が乏しいのでいきおい小麦粉を多用することになり、白く細い麺ができあがる。これを「江戸風」という。「東京そば」の源流である。
一方、各地で「おらがそば」といわれるものがある。一般に色が黒い。とまではいかなくとも色のついた「そば」であって、これは外層部の粉〔二番粉や三番粉〕
  もしくは外層部を含む全粒粉が用いられているためで、特に表皮(そば殻)が混じると色が濃くなる。そのような「そば」はしこしこして噛み応えがある。というより喉へつーっと流し込む食べ方にはならない。「いなかそば」といわれるものに多く見られる。
 一般に「そばには栄養がある」とよく言われる。確かに上述のようにそば種子としては各種の栄養成分に富んでいる。しかし、「そば」に加工する際にどのような粉を用いるか、によって大きく栄養価に差が生じる。すなわち、そば粉をどれだけ加えるか(例:二八そば)、どの部位のそば粉を用いるか(例:全粒粉そば)を明示して栄養の有無・多寡を云々すべきである。
  そばの栄養成分をまんべんなく摂取するための最も手軽で合理的な食べ方として、全粒粉に熱湯を加えて攪拌し捏ねあげたものを、好みに応じて醤油やしょうが醤油につけて食べる「そばがき」や、すいとん風に汁中に入れて食べたり、油で揚げてかりんとう風にした食べ方などがおすすめである。
  そばには、その他に、前述の「そば茶」や「そば焼酎」ポップコーン式のものや「そば味噌」「そば醤油」「そば酢」なども中国では見られる。が、これらの原料は主として「ダッタンそば」である。
1.3 もやしとしての利用
  最近「そばもやし」もしくは「そば若芽」の利用がなされるようになってきた。麦芽や豆もやしが美容や健康にいいと喧伝され、そばもやしも注目されるようになったのだろう。「もやしの効用」については今後の検討課題であろう。

(2) ダッタンそば (Fagopyrum tataricum)

2.1 粒食
   ダッタンそばには強い苦味成分と黄色色素が含まれているので、普通そばのような利用は難しい。中国では、味噌・醤油・酢などの醗酵醸造食品として活用されている。黒褐色の異臭を有する製品で、日本人の常用化にはほど遠い。
2.2 粉食
   麺や饅頭やパン様の加工品が常食されている。すいとん風の食べ方も普通のようである。ダッタンそば粉を水で捏ねると道具も手も茹で湯も最黄色になる。
   ルチンは、共存するルチナーゼによって分解され易い。ルチナーゼは水の共存下で容易に活性化しルチンを分解するが、70℃以上の温度で急速に失活する。そのため、ルチンを温存させて食用に供するためには熱湯で処理するのが望ましい。ヒマラヤ山麓のダッタンそばを常食にしている地域では、熱湯でドウを作り加熱中の汁なべの中に適当な大きさに切って入れ、すいとん風にして食べるのが普通のようである。
2.3 ポップコーン風スナック菓子
ダッタンそば粒をフライパン上で乾熱すると苦味が激減する。ポップコーン風にはじけたものを調味して食する。
2.4 そばもやし
   ダッタンそばからも「そばもやし」が作れるわけで、苦味や黄色などの問題をクリアすれば、ルチンを多く含む食材として有用であろう。
   ダッタンそばには、一般成分の点では普通そばと大差はないが、ルチンが普通そばとはけた違いに多いのが特徴である。そのため、ルチンを多く摂取できる手軽な食品として「ダッタンそば」が今後普及するだろうことが予想される。
草野毅徳氏
ソバ圃場見学
手打ちそば実演
 懇親会
 尚 叶_戸屋、三宅製粉蒲lには商品サンプル等協力をいただきました。 ご協力御礼申し上げます。
連絡先 三宅製粉梶@(〒544‐0034 大阪市生野区桃谷3−2−5)
関西穀物科学研究会事務局 林 孝治(Tel 06−6731−0095、Fax 06−6731−0094
E‐mai:miyake@mbox.inet-osaka.or.jp)   
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